心からスポーツを楽しむ ~今一度振り返りたいスポーツの本質とは~

こんにちは!
学生・20代専門スポーツメンタルコーチの佐伯亮哉(さえき りょうや)です。

結果を求められる時代。
数字・評価・実績・勝敗が、まるですべての価値を決めるかのように扱われる時代。

「結果さえ出ればすべて正しい」
「勝てなければ意味がない」

そんな空気の中で、気づかないうちに楽しむより結果が先になってしまう選手が増えているように感じます。

ですがスポーツは本来、そんな窮屈なものではなかったはずです。

もっと自由で、もっと夢中になれて、気づけば時間を忘れてしまうような、そんな世界だったはず。

だからこそ今一度、スポーツとは何なのか?自分はなぜこの世界に飛び込んだのか?

勝ち負けよりも前にあった“原点”を、もう一度、一緒に思い出してみたいと思います。

目次

スポーツの“原点”を、忘れていませんか?

「スポーツ(sport)」という言葉の語源は、ラテン語の deportare(デポルターレ)。
これは、義務や仕事から離れた「気晴らし・休養・遊び」を意味していました。

さらに辿ると、ラテン語 disportare(楽しむ・遊ぶ)が語源とされ、そこには楽しさ・遊び心・没頭といった要素が強く含まれています。

スポーツ哲学でも、スポーツの本質的価値として 「遊戯性」=楽しさ・夢中になれること が位置づけられています。

そしてIOC(国際オリンピック委員会)もJoy of effort(努力の喜び)Play(遊び心)を基本価値として掲げています。

スポーツの歴史・哲学・世界的価値観のすべてが示しているのは、
スポーツの原点は「勝つこと」ではなく、「楽しむこと」である ということです。

結果に追われる時代だからこそ、思い出したいもの

「勝たなければ意味がない」
「結果が出ないと評価されない」

そんな空気が強くなればなるほど、スポーツは苦しいものに変わってしまいます。

けれど、本来スポーツはもっと自由で、もっと楽しくて、もっとワクワクするものだったと思います。

歴史も、哲学も、オリンピックの精神でさえもそのことを証明し続けています。

結果が大切なのは、もちろん分かっています。

ですが忘れてはいけないのは、結果は本質の上に積み上がるものだということ。

結果は努力の量だけで決まるものではなく、

楽しさ・夢中・好きという気持ちという土台の上に積み上がっていくものなのです。

本質を置き去りにするのではなく、その本質の土台があるから、高く・遠くまで伸びられる。

迷ったときこそ、原点に戻る

うまくいかないとき。
心が折れそうなとき。
結果が出ず苦しいとき。

そんなときこそ、スポーツの本質・原点に戻ってきてほしい。

なぜ始めたのか。
なぜ好きになったのか。
なぜ夢中になれたのか。

「やらなきゃ」ではなく「やりたい」「もっと上手くなりたい」と思えていたはず。
もともと努力は義務じゃなく、ワクワクの延長だったはずです。

この原点を思い出せたとき、やらされる努力ではなく、自然に続けたくなる努力になる。

そうなれたとき初めて、結果のためだけに戦う自分ではなく、スポーツそのものを楽しめる自分に戻れると思います。

楽しめる自分を取り戻せたとき、そこからまた強くなっていける。

スポーツメンタルコーチとして伝えたいこと

結果を求める世界だからこそ、多くの人が忘れがちな 「スポーツの原点」 を守りたい。

ただ勝つためではなく、
ただ評価されるためではなく、

好きだから、楽しいから、もっと成長したいから
そう思える心を取り戻すサポートをしたい。

そして選手にも、その価値を大切にしてほしいと本気で思っています。

スポーツは、本来苦しむ場所ではなく、人生を豊かにする最高の遊びであり挑戦です。

努力の喜びを。遊び心を。スポーツの本質を。

この原点を忘れずに競技と向き合っていける選手でいてほしい。
そして、ありのままの自分で成長していけるスポーツ人生を歩んでほしい。

だから私は、原点を失わずに成長していける選手を一人でも多く増やしたいと思っています。

そのための 「自分のスポーツを楽しめる心の土台」 を一緒につくること。


選手がプレッシャーに押しつぶされるのではなく、自分らしく、のびのびと輝きながら競技に向き合えるように。

そのために、メンタルの面からアスリートを全力で支えていきます。

この記事を書いた人

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